これから日記を書くのが正直辛い。
なぜなら自分がいかにへなちょこかを書き綴らないといけないから・・・
15日:
朝9時ごろ仙台を出発。
ここからはいつもの高速500km移動。
一日中腹の調子の悪さと車酔いでテンション1ダウン。
途中新潟で災害復旧工事のため50km/h規制区間もあり、到着は4時台とかなり遅くなりました。
受付をしてるとコース変更の事を知る。テンション2ダウン。
宿に行きゼッケン付けとオイルを付けて準備。
飯+風呂+布団がある宿はやっぱり快適。
部屋も明るいので明日の朝着るものや食べるものを準備してPM9時頃就寝。
結構良く寝れました。
16日:
朝3時50分起床。淡々と準備。
足にはスポーツバルムのRED2を塗ります。
飯は宿で用意してくれたおにぎり2個。
会場へ移動します。
駐車場はいっぱいで停めるのが大変でしたが、奥の駐車場はかなりスペースがあいてて良かったです。
準備をして6時30分頃列にならびます。
そのままトイレ待ちの行列に長いことならんで、スタート10分前くらいに戻ってきました。
7時(いつもより1時間遅い)にスタート。
コース変更で10km程度短くなった上に舗装路がかなり増えてました。
最後尾に近い場所からスタートだったので、少しずつ前の方に上がっていきます。
このころには下がっていたテンションも回復気味でした。
スタートから1時間程度だったでしょうか。
前の方で何やら止まっている人達が居ます。
今一状況が飲み込めなかったのですが、そのまま進みました。
すると突然前の人が転倒!
?っと思ったのもつかの間、気付くと周りを10匹前後のデカイ蜂に囲まれていました。
状況から直ぐに攻撃モードになっている蜂だと分かりましたので、やばいと思いました。
何とか危険地帯を抜けれたかなと思った瞬間、尻に激痛が走りました。
やられた!
前の方には10人以上刺された人が居たでしょうか。
自分も止まって虫刺されの薬をもらいました。
蜂については2回目以降はまずいって程度の知識しかなかったので、このまま運動を続けてよいか考えました。
周りでも「このまま続けていいの?」と言う人や、3箇所も刺されている人など軽いパニック状態でした。
少し考えた挙句、どうせ周囲にスタッフも居ないし道を戻ることも出来ないので進む事にしました。
10kmくらい進むとスタッフを発見したので蜂に刺された旨を伝え指示を仰ぎます。
無線で連絡をとってもらったのですが、結果は「自己責任でやってくれ」というものでした。
正直かなりがっかりです。
別に蜂で死んだって人のせいにはしませんが、医療スタッフに「運動を続けると支障がありえるのか」を聞いて、それを続けるか止めるかの判断の材料にしたかっただけなんですが・・・
それを伝えても「自己責任で・・・」の繰り返しでした。テンション3ダウン。
蜂に刺された場所では、その場でやめた人が結構居たようです。
またショック症状が出て救急車も出たそうでした。
まあ、しゃあ無いので先へ進みます。
雨が強くなってきて、テンション4ダウン。
もうだいぶ時間もロスしてるので、止める事に決めました。
CP1まで行かないとリタイアできないのかと思っていたら、途中の分岐にスタッフが居てそこから下れるそうなので、その場でリタイアしました。
帰りは同じく蜂にさされた横浜の人と一緒に戻ってきました。
強い雨の中を車まで戻ってきて、着替えやら片付けをします。
それが終わったら本部に行って蜂にさされけど何かする必要があるのかたずねました。
すると王滝診療所を紹介してくれたので、そこに行きます。
自分と同じように蜂にさされた人が6〜7人くらいでしょうか、居ました。
自分も塗り薬だけ処方してもらって色々と聞きました。
蜂のアナフィラキシーショックの場合数分で出ることが多く、それが無ければ運動には支障は無いそうです。
運動したから悪化というのも無いそうです。
ただし、まれにかなり時間が経ってからショック症状が出る人も居るそうなので、判断が難しいのかなと思いました。
結局自分の場合はリタイアする必要は無かったのかなとがっくし。
お礼を言って戻ってきて友人の帰りを待ちます。
友人は6時間10分台で戻ってきたのでかなり早いほうだと思います。
温泉に入り帰宅。
暗くなって雨も多く道が見えなくて、気分の沈んだ帰り道でした。
途中、どんどん尻が腫れてきて痒みも凄い状態に。
感覚的には痛みはアブの10倍、腫れはアブの3〜4倍ってとこです。
何はともあれ日付の変わる前に、無事に仙台に帰ってこれてほっとしました。
妻子にも心配かけたなぁと反省。
何とか気持ちを切り替えて2週間後のアドベンチャーレースに臨みたいと思います。
他に蜂に刺された皆さんもお大事にどうぞ。